Good News !(聖書で福音のこと)とは、聖書の最も大切な教えで、ぜひ皆さまに知って頂きたいことであります。簡単にまとめると以下の通りです。


1.あなたは愛されています

■神は私達の創造主です。
 
全てを創造した唯一のまことの神様が存在する、と聖書は言っています。
「初めに、神が天と地を創造した。」 創世記1章1節 


■あなたは愛されています。

「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世(あなた)を愛された。それは御子(イエス・キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びること なく、永遠のいのちを持つためである。」 ヨハネの福音書3章16節
「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」  イザヤ書43章4節


■神は、あなたに最善・最高の人生を与えようとしておられます。

神さまは、あなたを愛しておられ、あなたのために神さまの祝福にあふれた豊かな人生の計画を用意しておられる、と聖書は教えています。なんと感謝なことでしょうか!


2.罪がある私たち人間

■神から離れた的外れの人生があります。

人は本来、神と交わり、神の愛を受け、神の計画と調和して生きる者として創造されましたが、全ての人は神から離れ、自分かってな道に進みました。それゆえに神との交わりが断たれたのです。 意識的な反抗にせよ(「神など信じるものか。従うものか」という思い)、消極的な無関心にせよ(「私には関係ない」「神などいらない」という思い)神を神と認めず、神に背を向けたこの自己中心を聖書では「罪」と言っています。

「罪」を表わす聖書の言葉の元々の意味は、「的外れ」ということです。
つまり「罪」とは形に現われた犯罪とか不法行為だけではなくて、「本来の姿にない」ことを全て罪と言うのです。例えば、…神を神としない。人は互いに愛し合うべきなのに妬んだり憎んだり、夫婦愛を他の異性に向けることなど…全ての「的外れ」が私達の人生を傷つけ、神から頂いているはずの本当の命を失わせていることに聖書は気付かせようとしているのです。


■人間の側からは神さまに到達することはできません。

人間は、的外れの人生の空しい味わいからの解放を求めて、様々な試みをして来ました。 ・・・宗教、哲学、修行、道徳、教育、科学技術、思想・・・人類の歴史の中で、どれだけたくさんのものが試みられてきたことでしょうか。
しかし、そのどれも、「解決」をもたらしはしませんでした。 人間に本当の希望、喜びを与えることはできないのです。むしろ、人間と神との間の越えがたいギャップをきわだたせるだけだったのです。
人間は、神になることはできません。神に人間の側から届くことはできないのです。


■だから、神さまの下さる最善・最高の人生を受け取ることができていないのです。

「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができない。」 ローマ人への手紙3章23節
「罪から来る報酬は、死です。」 ローマ人への手紙6章23節

神の下さる最善・最高の人生を受け取ることができないどころか、罪の中で苦しみ安らぎのない的外れの人生を歩んでいるのです。その行き着くところは死であり、滅びであると聖書は教えています。しかし、そんな私たちのために救いの道が用意されています。


3.イエス・キリストが罪からの救い主です 

■神の側から私達の所に来て下さった、イエス・キリスト
 
人間の側から届くことができないその神さまの側から、来て下さったのがイエス・キリストです。 このイエス・キリストだけが救いへの道なのです。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを 通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」ヨハネの福音書14章6節


■神様と人間との間を隔てを、十字架によって解決して下さいました。  

キリストは私たちの罪を負って、私達の身代わりとして、十字架に死なれました。
それは、神がどんなに私達を愛して、救おうとしておられるかを、十字架上で苦しみ死んで下さったことで示して下さいました。

「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」 ペテロの手紙第一2章24節                              
「私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んで くださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにして おられます。」 ローマ人への手紙5章8節  

イエス・キリストが人間の罪を解決して下さるお方です。あなたも、イエス・キリストによって、罪からの解放・神の愛を頂くことができるのです !

■十字架の死と、罪と死の力を打ち破る復活によって、救いの道が開かれました。
 
キリストは、復活されました。そのことによって、人間を縛る罪と死を、イエス・キリストが打ち破ったことが明らかにされたのです。

「 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、・・・」コリント人への手紙第一15章1〜4節  

この十字架と復活のみわざが、キリスト教の中心です。このみわざの事実に、私達の救い・罪の赦し・真理に基づく生き方・神と共に生きる人生・永遠の命いのち…全ての根拠が置かれているのです。



4.だれでも信じるだけで救われます

■人間に求められているのは、ただ信仰だけです。

神が用意して下さったイエス・キリストの十字架と復活による救いを私達自身のものとするために、聖書が私達に求めていることは、ただ信仰---イエス・キリストは私の救い主です、と信じること---だけです。 私達は、神さまの救いの御恵みへの応答として、信仰によってキリストを受け入れればよいのです。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、 自分自身から出たことでなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」 エペソ人への手紙2:8〜9  

キリストを信仰によって受け入れるとはどういうことでしょうか。・・・今までの自己中心の生き方(つまり神さまではない方を向いて生きてきた人生)から神さまの方に方向転換し(これを「悔改め」と言います。悔い改めとは、方向転換のことです。だから「回心」とも言います。)、神さまと共に、神さまの導いて下さる本当の人生を歩もうと決めることです。  

イエス・キリストが救い主であると頭で認めるだけでは充分ではありません。聖書は、信仰の応答を求めているのです。


■信仰によって救われる根拠は、神様のことばである聖書の約束にあります。
 
信じれば救われる、となぜわかるでしょうか。周囲のクリスチャンを見てでしょうか。自分が新しい人に変わったという実感でしょうか。確かに神が共におられるのだと示すような体験でしょうか。「救われている」という感情でしょうか。・・・その一つ一つも、人生において大切なことですが、私達の救いの根本的な保証ではありません。なぜなら、人間的なものは、全て時と状況と共に変化していく頼りにならないものだからです。 そうではなく、私達の信仰が裏切られない保証は、神とその御言葉である聖書にあります。「神が聖書の中でそう約束しておられる」ということが、永遠に変わらない、どんな時にも揺らぐことのない、私達の保証です。


■信仰によって私達に神と共に生きる人生が実現します。  

それは、聖書によれば、次のような神の御恵みが伴う人生です。
  ●過去・現在・未来の、全ての罪が赦されました。
  ●永遠の命が与えられました。それは、死をもって終わることがありません。
  ●神さまの子供とされ、愛の神さまを「天のお父さま」と呼ぶ関係になりました。
  ●人生において、いつも神さまが共にいて下さいます。

そして、私達の思いをはるかに越えた、最善・最高の人生を与えて下さるのです。私達は、この神に全てのことを祈り、全ての必要を頂くことができるのです。


あなたも今、信じることによって、キリストを受け入れることができます。祈りを通 して神に対する自分の信仰を表明しましょう。
次のように祈ることによって、あなたも今、キリストを受け入れることができます。

「主イエス様、私はあなたを必要としています。私の罪のために十字架で死んでくださったことを感謝します。今、あなたを私の罪からの救い主、主としてお迎えいたします。私のすべての罪を赦し、永遠のいのちを与えてくださり感謝します。これからの私の人生を導いてください。アーメン。」


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